東京地方裁判所 平成7年(ワ)6970号 判決 1995年12月13日
原告
石塚裕之
被告
石川光浩
主文
一 被告は、原告に対し、金三三二八万八二〇九円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担する。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金五九〇三万九〇三〇円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
(一) 事故日時 平成五年一二月一八日午後三時三三分ころ
(二) 事故現場 茨城県水海道市山田町一〇七九番地路上
(三) 被告車 普通乗用自動車
運転者 被告
所有者 被告
(四) 事故態様 被告が、被告車を運転して、事故現場の片側二車線の国道二九四号線(以下「本件道路」という。)の中央分離帯寄り車線(以下「第二車線」という。)を直進して進行中、左方から右方に自転車を押しながら横断中の訴外石塚よし(以下「訴外よし」という。)に被告車前部を衝突させ、訴外よしに脳挫傷の傷害を負わせ、同女は、平成五年一二月二三日、右傷害により死亡した。
2 責任原因
被告は、被告車の所有者であり、本件事故当時、被告車を自己の運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により、損害を賠償する義務がある。
3 相続
原告は、訴外よしの長男であり、唯一の相統人であつて、訴外よしの損害賠償請求権を相続した。
二 争点
1 休業損害及び逸失利益の算定の基準となる訴外よしの収入額と訴外よしが受給していた各年金の逸失利益性を被告は争つている。
2 過失相殺
第三損害額の算定
一 訴外よしの損害
1 葬儀費用 一二〇万円
甲八ないし一一、一二の一ないし一五、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件と因果関係の認められる葬儀費用は一二〇万円と認めるのが相当である。
2 休業損害 二万四一七〇円
(一) 原告は、訴外よしは、原告方で家事に従事しており、その労働の対価は、賃金センサス平成四年第一巻第一表女子労働者学歴計平均の三〇九万三〇〇〇円に相当すると解すべきであると主張するのに対し、被告は、原告方の家事は原告の妻が従事していたから、訴外よしは、家事従事者ではなく労働対価性は認められないと主張するので、検討する。
甲七、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外よしは、本件事故時満六〇歳の女性であつたが、中学校を卒業後、家業の食堂の手伝いや旋盤プレス工場や菓子工場で稼働するなどした後、夫の病気入院等の理由から平成元年ころ離職し、その後は、本件事故で死亡するまで職には就いていなかつたこと、訴外よしは、長男である原告方で、原告夫婦、孫である原告の子供ら、亡夫と同居し、平穏な余生を過ごしており、原告の妻と共に原告方の家事にも従事していたものの、原告方での家事は、主として原告の妻が行つており、訴外よしは、自宅裏の畑で自家用の野菜の栽培などをしていたことが認められる。
これらの事実によれば、訴外よしは、全くの無収入者と同視することは相当ではないが、原告方での家事従事の程度、役割等を考えると、その労働の対価は、賃金センサス平成五年第一巻第一表女子労働者学歴計六〇ないし六四歳の年間二九四万〇九〇〇円の六割の一七六万四五四〇円に相当すると推認するのが合理的である。
(二) したがつて、訴外よしの一日当たりの労働対価は、一七六万四五四〇円を三六五日で割つた四八三四円と認められるところ(一円未満切り捨て、以下同)、訴外よしは、本件事故当日である平成五年一二月一八日から死亡した同月二三日までの五日間、家事等に従事できなかつたと認められるので、休業損害は、二万四一七〇円と認められる。
3 逸失利益 八九六万四〇四九円
(一) 労働対価分
前記認定のとおり、訴外よしの収入は、賃金センサス平成五年第一巻第一表女子労働者学歴計六〇ないし六四歳の年間二九四万〇九〇〇円の六割の一七六万四五四〇円に相当すると推認するのが合理的であるので、訴外よしは、年間一七六万四五四〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。
ところで、原告は、訴外よしは、平均余命の二分の一の年齢に達するまでの期間、労働対価分の得べかりし利益を喪失したものと解すべきであると主張しているが、前記認定のとおりの原告方における訴外よしの家事従事の状況、訴外よしが、本件事故時満六〇歳であつたことを考えると、訴外よしが、家事従事者として労働対価分の得べかりし利益を喪失したものと証拠上認めうる期間は、六七歳までの八年間であると認めるのが相当である。
したがつて、訴外よしは、本件事故により、本件事故時から就労可能な六七歳までの八年間にわたり、年間一七六万四五四〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。
(二) 年金分
(1) 甲四ないし六によれば、訴外よしは、本件事故時、満六〇歳であり、遺族厚生年金として一三六万五一〇〇円、老齢厚生年金として三〇万六九〇〇円及び連合会通算年金として三万七一〇四円の合計一七〇万九一〇四円の各年金を受給していたことが認められる。
ところで、原告は、訴外よしは、本件事故によつて、平均余命の歳に達するまでの期間、毎年、これらの各年金の合計額である一七〇万九一〇四円の得べかりし利益を喪失したものと主張する。
(2) 思うに、老齢基礎年金は、当該受給者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであると共に、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、その逸失利益性が肯定されるところ(最高裁平成元年(オ)第二九七号、平成五年九月二一日第三小法廷判決)、老齢厚生年金と連合会通算年金は、老齢基礎年金と同様の目的と機能を有していると認められるので、その逸失利益性は肯定できる。
しかしながら、遺族厚生年金は、老齢厚生年金受給者の収入に生計を依存している家族の生活を保障するため、当該受給者が死亡した場合に受給が認められるものであり、遺族厚生年金を受給する者の収入に生計を依存している家族の存在を予定してはおらず、当該受給者個人に対する生活保障的色彩がより強いものである。したがつて、遺族厚生年金は、年金の収入に生計を依存している家族に対する関係において、老齢基礎年金と同一の機能を営むものとは認められず、それ故、遺族厚生年金は、老齢基礎年金と異なり、法律上、当該受給者の死亡により、さらにその遺族に対して年金の受給権が認められていないのであつて、老齢基礎年金とは明らかに異なる目的と機能を有していると認められる。さらに、遺族厚生年金は、当該受給者の死亡以外にも、婚姻によつて受給権が喪失されるなど、その存続に不確実な点が伴うこと等も考慮すると、遺族厚生年金の逸失利益性は否定されると解すべきである。
(3) 以上の次第で、訴外よしは、本件事故によつて、平均余命の歳に達するまでの二五年間、毎年、老齢厚生年金として三〇万六九〇〇円、連合会通算年金三万七一〇四円の、合計三四万四〇〇四円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。
(三) 訴外よしの逸失利益の算定
以上の次第で、訴外よしの逸失利益は以下のとおりとなる。
(1) 死亡時の六〇歳から就労可能な六七歳までの八年間
年収一七六万四五四〇円と年金三四万四〇〇四円の合計二一〇万八五四四円に、生活費を四〇パーセント控除し、八年間のライプニツツ係数六・四六三を乗じた額である金八一七万六五一一円と認められる。
210万8544円×0.6×6.463=817万6511円
(2) 就労可能年齢である六七歳を超えた後、平均余命までの一七年間
右の三四万四〇〇四円に、生活費を七〇パーセント控除し、二五年間のライプニツツ係数一四・〇九四から八年間のライプニツツ係数六・四六三を減じた七・六三一を乗じた額である金七八万七五二八円と認められる。
34万4004円×0.3×7.631=78万7528円
(3) 合計 八九六万四〇三九円
4 傷害慰謝料 八万円
前記争いのない事実、甲一の三及び四、七、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外よしは、本件事故当日である平成五年一二月一八日から死亡した同月二三日までの五日間、筑波メデイカルセンター病院に入院し、治療を受けたが、その間、一度も意識を回復することなく死亡したことが認められるところ、これらの諸事情に鑑みると、本件における訴外よしの傷害に対する慰謝料は、金八万円が相当であると認められる。
5 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
本件事故の態様、訴外よしの生活状況、家庭環境等、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外よしの死亡に対する慰謝料は、二〇〇〇万円が相当と認められる。
6 小計 三〇二六万八二〇九円
二 過失相殺
1 被告は、「本件事故は、訴外よしが、幹線道路において、横断歩道外を自転車をひいて横断中に発生したものであり、被告に制限速度超過の過失があることを考慮しても、訴外よしの損害額の算定に当たつては、少なくとも二割の過失相殺が認められるべきである。」と主張している。
2 前記争いのない事実の外、甲一の一ないし九、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件道路は、茨城県石下町方面と同県取手市方面を結ぶ国道二九四号線のバイパス道路であり、総幅員は一四・六メートル、制限速度は法定の六〇キロメートル毎時であるが、本件現場付近は横断禁止の規制はされていない。また本件道路は、高さ〇・二五メートル、幅一・四メートルの中央分離帯で区分されており、片側二車線で、縁石で歩車道の区分がなされている。本件道路の本件事故現場付近の車両の通行量は、実況見分が実施された平成五年一二月一八日午後三時五〇分から午後五時二〇分までの間の任意の三分間で二七台であつた。本件道路は、本件事故現場付近では直線で、見通しは良好である。本件事故現場付近は、市道が本件道路を交差する十字路交差点となつているが、横断歩道及び信号機は設けられていない。本件事故現場の茨城県石下町方面側約一八〇メートルの地点と同県取手市方面側約二、三〇〇メートルの地点に、それぞれ横断歩道及び信号機の設けられた交差点がある(以下「甲交差点」という。)。
本件事故現場付近の第二車線上には、被告車のものと認められる右四〇メートル、左四〇・一五メートルの二条のスリツプ痕が遺留されていた。訴外よしが横断していた付近は、中央分離帯が途切れているが、反対車線側は、幅二メートルの右折車線が設けられ、中央付近に右折車のための誘導路の表示がされている。
(二) 被告は、被告車を運転して、本件道路の歩道側車線(以下「第一車線」という。)を茨城県石下町方面から同県取手市方面に向かつて時速約八〇キロメートルの速度で直進していた。被告は、甲交差点を通過し、第一車線の前方を走行中の車両を追い越し、第二車線に進入し、加速して時速約九〇キロメートルの速度で直進したが、前方の注視を欠いたため、本件事故現場から石下町寄り約四七・一メートルの地点で、本件現場の第一車線上を、左方から右方に自転車を押しながら歩行して横断中の訴外よしを発見し、急制動の措置を取つたが、及ばず、第二車線上で、被告車前部を同所まで横断を続けてきた訴外よしに衝突させた。
3 以上の事実によれば、本件は、制限速度を約三〇キロメートル毎時超過した約九〇キロメートル毎時の速度で進行してきた被告車が、非横断歩道部分を横断中の歩行者である訴外よしを跳ね飛ばして死亡させたという事案であるところ、本件道路は、国道二九四号線のバイパス道路という幹線道路であり、幅員も一四・六メートルと広い道路であつたから、本件現場付近は、横断禁止の規制こそされていないものの、歩行者は横断歩道の設けられていない場所での横断は控えるか、仮に横断するとしても、歩行者は、十分に交通事情に注意して横断すべき場所であつたと認められ、訴外よしにも、相応の落ち度が認められると言えないではない。
しかしながら、本件では、被告は、一般道路において、白昼、制限速度を約三〇キロメートル毎時も超過した約九〇キロメートル毎時の速度で進行するという重大な過失を犯しているのであり、被告がこのような無謀な運転を行つていなければ、訴外よしは、少なくとも被告車に跳ね飛ばされることはなかつたと認められ、本件事故は発生し得なかつたことは明らかである。被告がこのような高速運転を行つていたことに鑑みると、訴外よしは、本件道路上の車両を注視し、被告車は発見したものの、このような高速で進行してくるとは考えずに横断を開始したとも考えられ、訴外よしに、右方不注視の過失があつたとは、証拠上明確には認め難い。そして、白昼、前方を横断中の歩行者を自動車が跳ね飛ばしたという本件事故の態様に鑑みると、被告の責任は極めて重大と言え、しかも、本件道路がいかに幹線道路とは言え、本件当時の本件道路の通行量は決して多量とは認められないため、訴外よしが本件事故現場を横断していた事実は過大に評価できないと考えられることをも合わせ考えると、本件においては、訴外よしの損害額の算定に際して、訴外よしの過失ないし落ち度を斟酌するのは相当ではないと考える。
三 相続 三〇二六万八二〇九円
原告は、右損害賠償請求権の全部を相続したので、原告の相続した損害額は、三〇二六万八二〇九円となる。
四 弁護士費用三〇二万円
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告ら各自について三〇二万円と認められる。
五 合計 三三二八万八二〇九円
第四結論
以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、金三三二八万八二〇九円及びこれらに対する本件事故の日である平成五年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 堺充廣)